月の裏側 7/7



現実と記憶。
想像と…

妄想?

それは『いつも』の繰り返し。

鈍行列車の片隅で、
ロールプレイだってできてしまう。

母さんも公平も、
『いつも』こんな感じで。

こんな感じの距離感で。

よせばいいのに、
まだ彼氏も登場させたりするから…

お酒の力って恐ろしい。

もしも、これが記憶だとしたら。
私は何も失ってないということなのだろうか?

この世のどこにも存在しないけど、
『ある』ということなのだろうか?

だから、この喪失感は…

そう思えたら、
どれだけいいか。

でも、
私は知っている。

都合よく切り貼りしたって、
使わない部分を捨てることはできない。

結局。

別れは突然やってきて。
私の中を風が吹き抜けるみたいに奪っていく。

距離も地図も時差も。
関係なしに奪っていく。

そして、
また毎日は過ぎていく。

その隙間に居心地の悪さを感じながら、
やっぱり淡々と過ぎていく。

時間が経って。
日常になって。
いつしか隙間のことも忘れて。 

それでも時々。

頭の中で、
ふっと顔を出す。

あの頃みたいに。
『いつも』の感じで。

鼻の奥が、
少ししょっぱくなる感覚とともに。

だから、
知らないフリをする。

今と昔と未来の真ん中で。

現実と記憶と想像を、
切り取り貼ったコラージュにまぎれて。

私は知らないフリをする。


ふるさとは遠くにあって思うものらしい。

弟「遠いから少しは優しくなれるのかもしれない」
母「自分の周りには、新たな些細なものが溢れているから」

どうでもよくなるのかも。

弟「余計なものが遠くに霞んで」
母「大事なものだけが見えるのかもしれない」

それでも、一旦近寄れば。

弟「些細なものがまた溢れて広がって」
母「きっとまた同じことを思う」

ふるさとは遠くにあって思うもの。

弟「変わっていくことから目を背けて」
母「いつか後悔することにも蓋をして」

見えない月の裏側も、
本当はそこにあることを私はちゃんと知っている。

母「見えない月の裏側で、勇平は見ている」
弟「ネコの?」
母「ネコかもしれないし、ネコじゃないほうかもしれないし」

ネコじゃないほうって。

母「そう思うと寂しくないだろう?」

そう言って母さんは笑った。

弟「見えないから」

でも、そこにはあるから。

弟「思うのは自由だから」

信じるのも自由だから。

母「そう思うと寂しくないだろう?」

そう言って母さんは笑った。


弟「この写真」

うん。

弟「まさに母ちゃんって感じ」

父さんのお墓の前で、
くしゃっと笑う母さんの写真。

父さんの何回目かの命日。

弟「全くさ。何が楽しいんだか」

その場所には似つかわしくない笑顔が、
母さんには似合ってたまらない。

私も公平も迷うことなく、
これを遺影にしようと決めた。

2年ぶりの実家は、
本当に何も変わっていなかった。


壊れた鳩時計も、
変な般若のお面も、
おじいちゃん達の写真も。
東京のおじさんの置いていった車も。


変わらずそこにあった。

だけど、
違う気がした。


ここじゃない。


そんな気がした。

家は母さんの友達で溢れてて、
私も公平もただ座ってるだけ。


それなのに、
いろんなことがあっという間に片付いていった。

いや、片付けてもらった。

ありがたいことだ。

どうやら私は、
母さんに似てきたらしい。


生き写しだと泣く人までいた。
肩をバンバン叩かれた。

いろいろな人にあいさつをして、
母さんの話をした。


相変わらずで、
相変わらず過ぎて。


笑った。

私も公平も、
腹筋が痛くなるほど笑った。

私たちの周りには、
母さんを愛する人たちが溢れていた。


そして誰もが、
私たちの中の母さんを見ていた。


係の人が言うには、
1時間半ほどかかるという。


火葬場を出たら、
雪が降っていた。


私は公平と並んで空を見上げた。

雪の隙間を煙が昇っていく。

弟「母ちゃんもあそこかな?」

そうなんじゃない?

きっと…


弟「勇平もいるしね」

私が笑うと、
公平も笑った。


そうか。

遠くにあって思うもの。

弟「確かに」

ん?

弟「寂しくはないね」

そう言うと、
公平はハイライトに火をつけた。


月の裏側
おしまい