現実と記憶。
想像と…
妄想?
それは『いつも』の繰り返し。
鈍行列車の片隅で、
ロールプレイだってできてしまう。
母さんも公平も、
『いつも』こんな感じで。
こんな感じの距離感で。
よせばいいのに、
まだ彼氏も登場させたりするから…
お酒の力って恐ろしい。
もしも、これが記憶だとしたら。
私は何も失ってないということなのだろうか?
この世のどこにも存在しないけど、
『ある』ということなのだろうか?
だから、この喪失感は…
そう思えたら、
どれだけいいか。
でも、
私は知っている。
都合よく切り貼りしたって、
使わない部分を捨てることはできない。
結局。
別れは突然やってきて。
私の中を風が吹き抜けるみたいに奪っていく。
距離も地図も時差も。
関係なしに奪っていく。
そして、
また毎日は過ぎていく。
その隙間に居心地の悪さを感じながら、
やっぱり淡々と過ぎていく。
時間が経って。
日常になって。
いつしか隙間のことも忘れて。
それでも時々。
頭の中で、
ふっと顔を出す。
あの頃みたいに。
『いつも』の感じで。
鼻の奥が、
少ししょっぱくなる感覚とともに。
だから、
知らないフリをする。
今と昔と未来の真ん中で。
現実と記憶と想像を、
切り取り貼ったコラージュにまぎれて。
私は知らないフリをする。
ふるさとは遠くにあって思うものらしい。
弟「遠いから少しは優しくなれるのかもしれない」
母「自分の周りには、新たな些細なものが溢れているから」
どうでもよくなるのかも。
弟「余計なものが遠くに霞んで」
母「大事なものだけが見えるのかもしれない」
それでも、一旦近寄れば。
弟「些細なものがまた溢れて広がって」
母「きっとまた同じことを思う」
ふるさとは遠くにあって思うもの。
弟「変わっていくことから目を背けて」
母「いつか後悔することにも蓋をして」
見えない月の裏側も、
本当はそこにあることを私はちゃんと知っている。
母「見えない月の裏側で、勇平は見ている」
弟「ネコの?」
母「ネコかもしれないし、ネコじゃないほうかもしれないし」
ネコじゃないほうって。
母「そう思うと寂しくないだろう?」
そう言って母さんは笑った。
弟「見えないから」
でも、そこにはあるから。
弟「思うのは自由だから」
信じるのも自由だから。
母「そう思うと寂しくないだろう?」
そう言って母さんは笑った。
弟「この写真」
うん。
弟「まさに母ちゃんって感じ」
父さんのお墓の前で、
くしゃっと笑う母さんの写真。
父さんの何回目かの命日。
弟「全くさ。何が楽しいんだか」
その場所には似つかわしくない笑顔が、
母さんには似合ってたまらない。
私も公平も迷うことなく、
これを遺影にしようと決めた。
2年ぶりの実家は、
本当に何も変わっていなかった。
壊れた鳩時計も、
変な般若のお面も、
おじいちゃん達の写真も。
東京のおじさんの置いていった車も。
変わらずそこにあった。
だけど、
違う気がした。
ここじゃない。
そんな気がした。
家は母さんの友達で溢れてて、
私も公平もただ座ってるだけ。
それなのに、
いろんなことがあっという間に片付いていった。
いや、片付けてもらった。
ありがたいことだ。
どうやら私は、
母さんに似てきたらしい。
生き写しだと泣く人までいた。
肩をバンバン叩かれた。
いろいろな人にあいさつをして、
母さんの話をした。
相変わらずで、
相変わらず過ぎて。
笑った。
私も公平も、
腹筋が痛くなるほど笑った。
私たちの周りには、
母さんを愛する人たちが溢れていた。
そして誰もが、
私たちの中の母さんを見ていた。
係の人が言うには、
1時間半ほどかかるという。
火葬場を出たら、
雪が降っていた。
私は公平と並んで空を見上げた。
雪の隙間を煙が昇っていく。
弟「母ちゃんもあそこかな?」
そうなんじゃない?
きっと…
弟「勇平もいるしね」
私が笑うと、
公平も笑った。
そうか。
遠くにあって思うもの。
弟「確かに」
ん?
弟「寂しくはないね」
そう言うと、
公平はハイライトに火をつけた。