そんな人の母さん。
14年前に、父さんは肺癌で死んだ。
父さんはまだ若かったしタバコも吸わなかったから、
親戚は母さんを責めた。
母さんはそれ以来、月1ペースで禁煙をしている。
一応、良心はあるようだ。
でも、それっきり親戚付き合いはなくなった。
母「今日はどこのコンビニにしようか?」
弟「あ?」
母「この時間じゃねえ。スーパー黄金屋はしまっちゃったしね」
弟「長電話してんじゃないよ。それに、コンビニ。この近くに1軒しかないだろうが」
母「座光寺の先に」
弟「3キロ。あっこまで3キロあるから」
母「じゃあ、いつもの所で」
母さんは電話台の引き出しから、
500円玉を取り出し公平に放り投げた。
弟「カネを投げんな。…多分、足りねえ」
母「頼んだ」
弟「ニートたかってんじゃねえぞ」
母「パートなめんな」
弟「意味解んねえ」
母「お前が出て行ったところで、私は痛くも痒くも」
弟「行ってきます」
公平は母さんと暮らしている。
でもそれは自分の意思ではなく、
1人暮らしするスキルがないだけかもしれない。
母さんの息子。
そういうことなのかもしれない。
母さんはキッチンでタバコを吸っている。
他の部屋じゃ吸わない。
換気扇の前だけ。
それでも…
父さんの葬式の時、
母さんは親戚に睨まれながらつぶやいた。
母「…家が狭いから?」
私の目線に気づくと、
くしゃっと笑った。
いつだっただろうか?
黄色いピースから、
ハイライトにしたことを報告されたことがある。
自慢げに。
あんまり変わってないことを母さんは解ってない。
母「ん? 鮫島さん?」
ん?
母「ネコ?」
母さんは勝手口から飛び出していった。
どっち?
どこ行くの?
どこ…
これは現実?
それとも記憶?
想像?
どれでもいいのかな?
どうでもいいのか。
母さんは、
父さんに何にもしなかった。
料理も洗濯も掃除も。
それでも父さんは何も言わなかった。
何も言わずに、
全部父さんがやった。
一番風呂も母さんだったし、
新聞も一番に読んだ。
父さんはただ微笑んでいた。
微笑んで風呂の掃除をして、
新聞のお金を払っていた。
1つだけ。
たった1つだけ。
タバコはキッチンで。
黒く汚れた換気扇の前でだけ。
それが優しさかどうかは解らないけど、
母さんの思いは届かなかったって事なのだろうか。
正直。
あの家にあんまりいい思い出はない。
私にも公平にもお袋の味はないし、
勉強した覚えもない。
いつだってバラバラだった気がする。
父さんがいなくなってからは特に。
私たちを繋ぎとめる何かがなくなった。
あの頃は、家も母さんも嫌で嫌でしょうがなかったけど。
今思い返すとなんか懐かしい。
壊れた鳩時計も。
変な般若のお面も。
おじいちゃん達の写真も。
東京のおじさんの置いていった車も。
今も変わらないのだろうか?
確実に、私は変わった。
目の前にはビールの缶が2つ。
ここ数ヶ月体重計には乗っていない。
携帯には20分おきに元彼氏…
今のところ、
まだ彼氏からの着信。
キッチンをのぞくと母さんがいて、
白い煙が換気扇に消えていく。
父さんがいなくなってからかな。
その背中が、
ちょっと小さく見えるようになったのは。