Prologue 4/7



話は個室の中へと戻る。

永世「…もしかして」
七 「きたきた」
中 「もしかして?」
永世「タイムマシンかも」

永世の目はキラキラしている。
中と七は身を乗り出す。

七 「なになに?」
中 「なんだろう?」
永世「だから…」
七 「なになに?」
中 「なんだろう?」
永世「タイムマシンぐらい解るだろ?」
中 「青い猫が乗ってるやつ?」
永世「なんでボカす」
七 「ロボット侍が乗せてもらってるやつ?」
永世「なんでボカす」
中 「おお」
七 「タイムマシン?」
中 「じゃあ。3年後の七が今の七に、タイムマシンに乗って会いにきたってこと?」
永世「そう考えるのが自然じゃないのかな?」
七 「自然。…自然?」

中は首をすくめる。

七 「自然?」
永世「ああ。不自然さ」
中 「質問」
永世「何?」
中 「タイムマシンってあるの?」
永世「は?」
中 「タイムマシンってあるの?」
永世「…まだ、ないでしょ。たぶん」
七 「じゃあ、3年後にはできてるってこと?」
永世 「3年後…」
中 「3年じゃさすがに無理なんじゃないの?」
永世「いや、技術の進歩は半端ないからね。3年もあれば…」
七 「できるの?」
永世「できる… かもしれない」
七 「どっちよ?」
永世「そんなの、俺に解るわけ… あ。でも、過去だとしたら厳しいか?」
七 「過去?」
中 「どういうこと?」
永世「いや、科学的にタイムマシンを研究してる人たちがいてね。まあ、いろいろな考え方があるんだけど。未来への片道は理論上可能って意見があって。でも、過去に戻るのは無理なんじゃないかって言われてるのよ」
七 「…え?」
永世「だから、科学的にタイムマシンを研究してる人たちがいてね。まあ、いろいろな考え方があるんだけど。未来への片道は理論上可能って意見があって。でも、過去に戻るのは無理なんじゃないかって言われてるのよ」
七 「…え?」
永世「だろうね!」
中 「2回聞いても…」
永世「だろうね! 結果。無理じゃないのってこと!」
七 「…でもでも、3年後の私はきたよ」
永世「今は、今の話してるから。3年後にはいろんなことが爆発的に解明されて。技術も格段に進歩して。過去にも戻れるようになってるかもしれないし」
七 「なるの?」
永世「なるかも」
中 「ならないの?」
永世「ならないかも」
中 「おお。肝心なところがぼんやりだ」
永世「俺、別に、タイムマシンとなんの関係もないから」
中 「博士」
永世「博士じゃないし」
七 「ヒロシ」
永世「ヒロシって誰だよ? あ、博士の読み方を… めんどくさいボケだな!」
七 「…なんだよ。結局解らない」

七、CDを掲げる。

中 「…」

中は考え込んでいて見ていない。

永世「あれ? 言わないの?」
中 「…何が入ってるって?」
七 「3年後の私のこと…ってしか」

七と中、CD-R を凝視。

永世「見てみれば」
七 「は?」
永世「え?」
中 「は?」
永世「え?」
七 「バカ」
永世「な?」
中 「おバカ」
永世「あ?」
七 「アルパカ」
永世「は?」
中 「パカパカ」
永世「どういう脱線の仕方… パカパカってなんだ?」
中 「ばれた」
七 「恐いだろ!」
永世「見なきゃ解らないだろ」
中 「いやー 恐いよね」
永世「だから、見なきゃ解らない…」
中 「もしも。もしもだよ。ものすごく不幸になってたら?」
永世「え?」
中 「七が不幸になってたら?」
七 「悲しすぎる!」
中 「仕事がこのまま見つからなくて、ものすごく貧乏になっていたら?」
七 「ドンペリダレカー」
永世「ドンペリじゃなくていいだろ」
中 「もしも、俺のことが全く出てこなかったら?」

水を打ったように。

七 「…」
永世「…」
中 「コメント希望」
永世「答えづらいよ」
七 「…もしも、世界が滅びそうになっていたら」
永世「は?」
七 「そんで、私に世界を守れって…」
永世「どんな設定?」
中 「七がヒロイン?」
七 「何の特技もないのに」
中 「レベル上がったら魔法覚えるんじゃ…」
永世「いい大人ども」
七 「そうかな?」
中 「どうかな?」
七 「炎とか出す?」
中 「凍らせたりする?」
永世「2人して、ゲームしすぎじゃない?」
中 「もしも、俺のことが全く出てこなかったら?」

水を打ったように。

七 「…」
永世「…」
中 「やっぱり、コメント希望」
永世「答えづらいって」
中 「なぜさ!?」
七 「それは置いとこ」
中 「なぜさ!?」
永世「でも、タイムマシンに乗るのって普通の人じゃ無理でしょ?」
中 「なぜ… どういうこと?」

立ち直りは早い。

永世「なんだかんだ言っても、3年後でしょ? 世界中にタイムマシンが普及してるような気はしないけど」
中 「まあ、確かに」
永世「でも、そのタイムマシンに乗れてる姉ちゃんって… なんだろう?」
七 「どういうこと?」
永世「俺の予想だよ。本当にタイムマシンができていたとして、それに乗れる人って限定されるんじゃないの? だって、そんな簡単なことじゃないでしょ? 一般に普及してないって考えたら、選ばれた一握りの人たちだけじゃない? タイムマシンに乗れる人なんて」
中 「うん」
永世「でも、姉ちゃんは乗ってきた」
中 「うん」
永世「だから、姉ちゃんは何者なんだろうって。いや、何者になるんだろう? って」
中 「…なるほど」

七をじろじろ見る2人。

なんだかよく解らないまま、
グラビアっぽいポーズをとる七。

永世「そういうのいらない。てか、似合わない。てか、きもい」
七 「…ぐあっ」

肉親による真正面からの否定に、
解ってはいてもショックを受ける七。

中はちょっとうれしかったのか、
ヘラヘラしている。

中 「いや、いいと思うよ」
永世「中」
中 「ん?」
永世「趣味悪い」
中 「…ぐあっ」

なんだか人間的に否定された気がして、
思わぬダメージを負う中。

だが、
どうでもいい。

そんなこと、
どうだっていい。


物語は始まらない。
これはまだプロローグ。


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Prologue 3/7



熱じゃないということは…

七 「幻だと思ったわよ。私だって。ああ、疲れてるんだなって。毎日、毎日、パソコンに向かって。毎日、毎日、人のお金計算してたら。こんなに疲れるんだなって」

強めに膝を叩く。

七 「幻見るぐらい疲れてるんだなって。やっぱり仕事やめて正解だったなって。再就職大変かもだけど、これでよかったのかもなって。だって、こんな幻見るくらい疲れてたんだなって。…でも、ほら、これが…」

七、CD-R を掲げる。

中 「七は CD を手に入れた」
永世「だから、ゲームか?」

中と七、永世を見る。

永世「…なんで、俺を見る?」
中 「どういうことだろう?」
永世「なんで、俺に聞く?」
七 「お姉ちゃん。解らない」
中 「お姉ちゃんの彼氏も解らない」

いわゆる、
ムチャぶりというヤツである。

しかし、永世にとっては自分の才能…

趣味趣向を披露する、
絶好の機会を手に入れたということでもある。

そして、永世はそんな数年に1度あるかないかの機会を…
ずっと待っている男だったりするのである。

永世「…もしかして」
七 「きたきた」
中 「もしかして?」
永世「タイムマシンかも」

ここで話は個室の外へ。

店 「…何事か?」

七の他にも、
現実を理解できていない人間がもう1人いる。

店 「…何事か?」

そう。
ここ蛮臥廊の店主である。

厨房にて得盛りセットの肉を切りながら、
個室から出入りする人間を見ていた男。

48歳。
愛する妻と娘が1人。

炭火焼に。
そして、肉の鮮度に命をかける男。

その男の頭の中に…

とても美しい明朝体の、
クエスチョンマークが浮かんでいるのである。

肉なんか切ってる場合ではないのである。

みるみる鮮度が落ちていく肉のことすら、
目に入らないほどの立派なクエスチョン。

店 「何事か?」

口癖を呪文のように繰り返している。

頭の中ではつじつまをあわせようと、
さまざまな想像が…

店 「双子なのか? いやいや、よく来るお客さんだし。そんな話したことないな。したことない…」

ぶんぶんと首を振る。

店 「姉妹? いや、似すぎだろ。…いやいや、似すぎだろ」

自分で2度否定してみる。

店 「て、ことは… 何事か?」

ちょっと整理してみようとする。

店 「個室には男女3人いた。いた。」

自分で2度確認する。
自分のことが少し疑わしくなっているのかもしれない。

店 「男が出ていって、男が出ていって。…女が入った」

この女は、
最初の女と同じ顔をした女である。

店 「個室の中から『お断りよ!』という叫び声がして」

七イズム。

店 「女が出てくる。会釈される。会釈を返す。そしたら、男が戻ってきて。男が戻ってきて… 耳を澄ますと個室から女の声がしている」

店主の首が、
ぐいっと右に傾く。

店 「あの女は会釈して帰ったはず…なのに」

右耳が肩につきそうだ。
その前に首が折れてしまわないだろうか?

店 「何事か?」

でた、『何事か?』。

店 「どういうことだ? あれは誰だ? 何事か? 出ていかなかったのか? いや、いったわ。何事か? じゃあ、個室にいるのは? …服が違うか?」

肉を切る手は止まっている。

疑問は疑問のまま、
肉の鮮度だけが落ちていく。

店主は自分の頬を叩いてみた。

全く痛くない。

もう1度叩いてみた。

やっぱり痛くない。

店 「なんだ夢か」

店主は少しほっとした。

店 「夢じゃしょうがない。何事でもない。ああ、びっくりした」

なんの気なしに包丁の刃を触ってみる。

手入れされた包丁は、
店主の人差し指の皮をさっくりと切った。

店 「ほら、痛く… 痛い。いたーい」

皮の隙間から、
赤いものが溢れてくる。

店 「血が、血が…」

あわててキッチンペーパーをとる店主。

店 「痛い。ってことは夢じゃない。…あれ?」

もう1度、
頬を叩いてみる。

ちょっと強めに。

店 「痛い。 …俺め。さっきは加減してたのか」

無意識の自分への優しさに振り回され、
見なくてもよかった血を見る店主。

自分のバカさ加減のその向こう…

さらに美しく、
さらに大きくなっていく明朝体。

そして、
鮮度は落ちていく。


物語は始まらない。
これはまだプロローグ。


Prologue 4/7 へ

Prologue 2/7



七 「…はい?」

聞かれたところで、
男たちはなんと答えたらよいのか解らない。

中 「…ん?」
永世「…まあ、会ってるっちゃ会ってるのかな。2人称? 違うな」
中 「違うね」

うっすらと、
バカな空気が浸食していく。

七 「そういうことじゃないのよ」
中 「違うらしい」
永世「ポエム? 違うね」
中 「違うね」

ちょっと濃い目に、
バカな空気が浸食していく。

七 「私。私に会ったの」

バカな空気に抗う七。

永世「精神世界的な?」
中 「違う… いや、間違ってないかも」

バカな空気は正解を導き出させない。

七 「それで、これをもらったの!」

3人、CD-R を見る。

中 「…何?」
永世「何のファイル?」
七 「…うまく説明できない」

七は頭をかきむしる。
男たちは顔を見合わせる。

中 「ゆっくりでいい。解るように言って」
七 「いやだ!」
中 「おお」
永世「ここででるか。七イズム」
七 「うそ。言う」
中 「まあ、いつでもいいけど」
七 「だから、中が電話しにいって。永世がトイレ行って。…そしたら、女が入ってきて」
中 「女?」
七 「どっかで見たことあるなーって。よく見る顔だなーって。あれ? 誰だっけ? 知り合いだっけ? 毎朝、この顔に口紅塗ってるなーって。…いや、私だ! って」

七は何もない宙を見ながら説明している。
カクカクと動く姿が操り人形のようだ。

中 「七なの?」
七 「だから言ってるじゃない!」

七の拳が、
中の肩口を捉える。

中 「うっ…」

悶絶する中。

永世「…ドッペルゲンガー」
中 「何?」
永世「だから、ドッペルゲンガーなのかなって」
中 「ドイツのサッカー選手?」
永世「違うわい。ドッペルゲンガー。自分の姿を第三者が違うところで見るとか。自分の目で、違う自分を見ることだよ」
中 「ベッケンバウアー」
永世「それ、サッカー選手だろ」
中 「…ん? それ、有名?」
永世「有名」
中 「ベッケンバウアー?」
永世「学習しないの?」
七 「ドンペリカイザー」
永世「お金持ちだこと。ドンペリの皇帝はかなり偉いだろうね」
中 「イッペンカイザー?」
永世「なれるならね。いっぺんでいいから皇帝になりたいもんですよ」
七 「ドンペリダレカー」
永世「おごって欲しいのか? ドンペリ、誰かーって。おごってくれる訳ないでしょ。高いんだから」
中 「ペリカンドコダー」
永世「動物園にて」
七 「カニカンサイダー」
永世「超不味そう」
中 「シンケンタイガー」
永世「逃げないと。食べられちゃう」
七 「えっと、えっと…」
永世「もういいわ!」
中 「…永世は難しいこと知ってるね」
永世「後半、関係ないだろ」
七 「で、何?」
永世「本当に知らないの? ドッペルゲンガー現象。もう1人の自分を見ると、死期が近いって言われてるんだ」
七 「四季? 劇団?」
永世「違うわい」
中 「難しい単語で混乱してるんだよ」
永世「簡単に言うと、自分のドッペルゲンガーを見た人はそのドッペルゲンガーによって殺されるという言い伝えがあるの」
中 「ほう」
七 「…私、生きてるよ」
中 「ほう」

バカな空気は、
人のやる気を根こそぎ奪う。

永世「ああああ。ドッペルゲンガーって言わなきゃよかった」
中 「…その、とんがり坊やーではなさそうだね」
永世「そろそろ怒るよ」

七、立ち上がる。

中 「何?」
七 「話題を取り返す!」
中 「ああ。ごめんごめん。永世が訳解んないこと言い出したから」
永世「はいはい。すいません」

七、CD-R を掲げる。

中 「七は CD を手に入れた」
永世「ゲームか?」
七 「私が私に言ったの。ここに私の3年後のことが入ってるって」
永世「3年後?」
七 「私が私に言ったの。『中を見なさい。そして、未来を変えなさい』って」
中 「未来?」
七 「だから、言ってやったわ。『お断りよ!』って」
永世「でた、七イズム」

中、七の額を触ってみる。

中 「熱はない」
永世「ほう」

熱じゃないということは…


物語は始まらない。
これはまだプロローグ。


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